幕間だけの天井桟敷 -2ページ目

幕間だけの天井桟敷

  
  適当な湯加減で書いています

幕間だけの天井桟敷-富山1

ちょっと前の話になるのだが、仕事がまさかの17時30分というミラコーな時間にフィニッシュした日があったので、その足で大阪駅から特急に乗って富山まで行くという、かなりディープな"いい日旅立ち"を開催してみた。

個人的には、こういう後先かまわず勢いに任せてノーフューチャーな事をするのが結構好きでして。
だからなのか、気の知れた友人や諸先輩方からは、よく「もっと将来のことをしっかり考えなはれ」と事あるごとに小説教されていた。まあ、そう言われても、もうすでに「将来」だしなぁ。

そんな与太話はさておき、その日(金曜日)は富山駅に着いてから、あらかじめ特急に乗る前に連絡していた富山在住の友達と飲み屋へGO。ひさかたぶりの再開なので、えらい盛り上がった。
こんなビックリハウスみたいな登場をすると、向こうもそれなりに驚いて喜んでくれるので、いちおうハウス側としては、来て良かったかなと思えるもんなのである。それでも教科書どおり「もっと将来の事しっかり考えなよ」と叱咤激励は頂戴しましたが。

長尻しつつもたらふく飲んで食べて、飲み会は解散。
友人と別れ、滑り込みで予約したホテルへチェックイン。
さて、ここまでは良いのだが、明日の土曜日はどうするのかというとこれまた何にも考えてない。

富山と言われ思いつくものを考えてみる。
薬売り…
蜃気楼…
あっ!富山ブラック!

そうなのだ、ここ富山は「富山ブラック」という泣く子もさらに泣き倒すご当地ラーメンの申し子が君臨してるではないか。そう考えると、もう食べずにはいられない。

完全にスイッチONになった僕は、翌朝は颯爽と起床し、富山市内のラーメン屋を早速マーケティング。

タクシーの運ちゃんを捕まえ、いろいろ情報を聞き出してみるに、どうも「大喜」というお店が、いわゆる「富山ブラック」という渓流の最古参の一つであり、ハードコアなDNAを今でも大事に受け継いでいるらしい。

「かんなり塩辛いぞー、覚悟しな」

こう言ったタクシー運ちゃんのデビリッシュな含み笑いがなにやら嫌な予感を抱かせる。
なにぶん僕はラーメン系については、あまり"引き"が無い。いや、無い。
去年の秋に名古屋に行った時だって、地獄のような激辛ラーメン を食べて記憶が初期化されたという微笑ましい逆スイートメモリーもすでに通過儀礼済みである。しかし、そんなトラウマに葛藤しながらも、僕だってそれなりに全国各地の手ごわいラーメンを食べ歩き、免疫だって相応にはあるはずだ。
ここはむしろ自信と鷹揚さを携えて、富山ブラックの1杯や2杯などちょちょいと軽く捻りつぶしてやるぐらいの余裕さが、アラサー世代の漢のマストスペックとして欲しいところだ。

そうこうするうちにお店に到着。


幕間だけの天井桟敷-富山2

うむ、店のナリ自体はふつーだ。
いかにもな怪しさやインチキくささは全く感じられない。
僕は店のドアに手をかける。

「どっからでもかかってこいやぁ!」

あえての強気モードで暖簾をくぐってみたものの、結果的にまたしても僕は驚愕の世界へとバッドトリップさせられたのである。


※後編へ続く

幕間だけの天井桟敷
・マドリッド市街中心部のビルを写す

もはや旅行したこと自体、忘却の彼方に置き去りそうなぐらいの今さらスペイン旅行記。いちおう思い出せることだけを頼りに写真などアップしていきます。

季節は夏本番の7月ど真ん中。関西空港からオランダのアムステルダムを経由してスペインの首都・マドリッドへ16時間か17時間ほどかけてようやく到着しました。

しかしこれだけの長時間フライト、ただでさえお子ちゃま大爆発な私なので、拷問のような時間がもう絶えられず、心の中で「うわぁあぁぁぁあ」とシャウトしながら、必死で我慢してました。

空港に着いて、地下鉄に乗り継ぎマドリッドの中心部に着いたのは夜の21時ごろ。
サマータイムを採用しているとは言え、さすがに真っ暗。

困った事に、空港で両替をする余裕が無かったので、全然ユーロ(現金)が無い。
「クシャ」とか「チャリン」とか景気の良いサウンドが鳴らない。
しかし、すでに僕の両腕、特に右腕はガタガタと小刻みに震えており、こんな異国にいるにも関わらず完全にガス欠状態である。
たちまち我慢し切れず、街角のATMへ。カードでキャッシングした10ユーロ札を何枚か握り締め、ひょっとこみたいなアホ顔のまま、近辺をパトロールして見つけたBAR(バル)へGO!

幕間だけの天井桟敷-マドリッド3

幕間だけの天井桟敷-マドリッド4

たまたまこの日はサタデーナイトだったので、猛烈な盛り上がり。
僕も場の雰囲気に乗じてビールと酒のアテを頼んで、ええ感じで酔っ払いました。

幕間だけの天井桟敷-マドリッド5

幕間だけの天井桟敷-マドリッド6

マドリッドは治安が悪いとよく聞いていたのですが、実際に行って見るとそうでもない。ヨーロッパの主要都市の中ではむしろ良いぐらいかと。バックストリートにソロで入らない限りはまずは大丈夫な感じです。


んなこんなでビール3杯ほど飲んで店を出たが、なんかまだ飲み足りない気分。
もう1軒行こうかな、、、と思ったが、いやちょっとお待ち、ここはれっきとした外国。言葉さえも満足に通じない完全アウェイなのである。
僕も30代になりもう立派な大人。こんな夜遅くまで欲望の赴くままに行動していてはダメだ!とここはしっかり自戒し、兜の緒を締め直すことにした。


幕間だけの天井桟敷-マドリッド7

2軒目のお店は、肉料理がメインの大きめのBAR。人もたくさんいて喧騒加減がえげつない。おばちゃんたちがラテンミュージックに合わせ一心不乱にダンスし、子供たちが全力で店内を走り回るという物凄いグルーヴ。

僕も負けじと入店しても0.5秒でビールをオーダー。そしてスペインでお肉と言えば、"イベリコ豚"に限るわけで、、、
しかしメニューを見ると、普通のハムとイベリコ豚のハムで5倍近くも値段が違うという冗談のような本気のグランプライス。

若干ためらったが、せっかくだしねーと思い、えいや!と注文。

幕間だけの天井桟敷-マドリッド8

ほろ酔いだったというのもあるかもしれないが、これが結構美味かった!
脂身がたっぷり乗り、豚肉自体の滋味が豊か。そしてじんわりと口じゅうに広がる甘味。もはや「スイーツ」と呼んで差し障り無い。 

結局かなり飲んでしまい、店を出る時はホントにひょっとこみたいになって千鳥足。
はぁ、、、いつも同じ過ちを犯す自分が情けない。
要するに、僕は日本にいるからダメ人間というわけではなく、世界中どこに居ても悪い意味でブレることの無いグローバルなダメ人間なのである。

幕間だけの天井桟敷-マドリッド2
・マドリッドの都心、マヨール広場にて

帰りは散歩がてら大都会マドリッドの夜景を堪能しにダウンタウンへ繰り出す。

幕間だけの天井桟敷-マドリッド9
・マドリッド随一の大通り「グラン・ビア」 大阪で言えば御堂筋。
幕間だけの天井桟敷-マドリッド10
・グランビア大通りの終点、「スペイン広場」

昼間は大賑わいの一大観光スポットとのこと。夜中に行くのも独特の雰囲気があってまた一興。

幕間だけの天井桟敷-マドリッド12
・逆にグランビア大通りの始点からビル群を写す

マドリッドはかなりの大都会です。地下鉄も12本ほど網の目のように通り、街自体の規模としては、東京よりは小さいけど横浜・大阪より大きい印象。
でも残念ながら、スペインにはバルセロナというモンスターシティがあるので、観光都市としての地位は、今ひとつ突き抜け切れないイメージが拭えません。

そうこうするうちに翌朝。
二日酔いを醒ますために、レティーロ公園という大きな公園でひと休み。

幕間だけの天井桟敷-マドリッド14

おおっ! 意図は全くもって意味不明だが、ものすごい銅像が設置されてはる。
日本男児たるもの、やはりこういう銅像を見ると居ても立っても居られない。酒が残ってたわけでは決してないのだが、こうやってイミテーションしてしまうのがなんともかんとも人情なのである。

幕間だけの天井桟敷-マドリッド17

嗚呼、齢三十にしていと哀れ(古文の「いとあはれ」ではなく)
次回はマドリッドの闘牛、美術館編です。
 

幕間だけの天井桟敷-マルタ27

・古都イムディーナの街並み

 

またまたすっかり忘れていた旅行記・写真集。

 

みなさんすいません。

もうぼくきっとアルツハイマーかなんかです。VIVA・ド健忘症!

 

さて、今回はマルタの夜景編です。

 

1枚目の写真は、首都ヴァレッタからバスに揺られて30分ぐらいの内陸の街です。観光客があまり行かないところなのか、昼間でも人をあまり見かけなく、写真のように夜になるともはや街の景色を独り占め状態。

 

 
幕間だけの天井桟敷-マルタ29

 

 

マルタの建物がハチミツ色の個性的な石でほとんど造られている話は以前にしましたが、こうやって夜の街灯なんかで淡く照らされると、まさしく「黄金」の街並みに様変わりします。

 

 

写真が上手に撮れなかったので伝わりにくいですが、何の飾りも無い民家がとても綺麗でした。 

 

幕間だけの天井桟敷-マルタ28

 

・イムディーナの街に入る砦の入口

 

 

地中海のど真ん中に位置するマルタ島は歴史的に常に戦争上の要衝であり、自国を守るためのこういった建造物がいたるところで見られます。

 

 

 

幕間だけの天井桟敷-マルタ33

 

・首都ヴァレッタのメインストリート

 

 

昼間は猛烈な盛り上がりを見せるヴァレッタの目抜き通りは夜になると一気に閑散に。写真がややソフトフォーカス(=ピンボケ)ですが、これは私がべろんべろんに酔っていてガタガタ手が震えていたからです。きっと地元の人からは、さぞかし香ばしい"おひとり様"に見えてるでしょう。VIVA・おひとr(以下略)

 

 

 

幕間だけの天井桟敷-マルタ30

 

・聖ヨハネ大聖堂を正面から写す

 

 

その昔、マルタ騎士団の時代に、守護聖人として捧げられたカテドラル。

 

 

マルタストーンの色合いもあって外観はやや武骨な感じですが、内観はまさに「豪華絢爛」。

 

昼間はこのあたりは観光用の馬車がひっきりなしに行き来します。

 

で、ここがマルタのマイナスポイントなのですが、その馬の糞が遠慮感ゼロで華々しいまでに道端に放置されとるのですよ。これは定期的に掃除するか、馬糞袋のようなものを馬のあのへんにつけておいてもらいたいものです。

 

おかげで、ものすごいカミングアウトしますが、1回思いっきり踏んづけ(糞漬け)まして、後処理に泣きそうになりました。 

 

 

幕間だけの天井桟敷-マルタ31

 

・対岸の街から見た首都ヴァレッタ 

 

 

これだけ見たらどこかの中東の町に見えますね。

 

 

実際はこの20倍ぐらいは素晴らしい景色です。これもソフトフォーカスすいません。

 

幕間だけの天井桟敷-マルタ32

 

・夜のバスターミナル

 

こういう、夜の駅とかターミナルの雰囲気が大好きな私。

 

写真にあるとおり、マルタのバスはいかにもな「昔ながらの田舎バス」です。車内のデザインなんかドライバーの完全な趣味で埋め尽くされていて、恋人の写真とか、ボンネットが宗教画とか、七色のモールで飾られてるとか、もはやほとんどトラック野郎の世界。デコバス。

 

それゆえ、バスに揺られる旅情感は独特で、とても印象に残ってます。 

 

実はこれこそマルタの最大の売りなのではないでしょうか(マルタには鉄道が無いので)

 

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これでマルタ編ようやく終了です。

 

で、次回は「灼熱のスペイン編」のつもりですが、実は写真3200枚も撮ったので、逆に選ぶのめんどくてUPしないかも。

 

幕間だけの天井桟敷-永いお別れ

 

このブログは、最初の頃はともあれ、ここ2年ぐらいは人に読んでもらうことをある程度意識して書いてきた。だけども同時に、なんでもかんでもすぐに忘れることが多い、そんな自分のために書いている側面もある。

 

久しぶりに記事をUPしておいてなんですが、今回は、きっと忘れることはないだろうけれども、それでも忘れないためにここに書いておく。

 

 

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「人の心ってどこにあるのでしょうか?」 

 

これは僕が大学生の時に読んだある漫画に出てくる言葉で、9月の連休後に急に身辺が慌しくなってから、ほぼ毎日自分の頭の中に浮かんでいた。

 

人の肉体や、リンカネーション(霊魂再来)という話になるとどうしても宗教という概念が出てくるが、僕は宗教というものを基本的にはあまり信じていない。

だけども、同じ時代に生き、同じ幸せや悲しみを味わってきた人間の存在が完全に無くなってしまうということも一切信じていない。 

 

亡くなったということが頭では解っているけど、実感としては今でも信じられない。肉体は消えてしまったけれども、自分の頭の中では、今もその人はしっかり生きている。

 

こういう類の思想というのは決まって月並みで陳腐だと言われることもあるだろう。

だけどもそれこそが、残されて生きている者たちにできる唯一の記憶を駆けるすべであり、そしてその亡くなった人への情愛であり手向けだと僕は思う。

 

30代という若さで亡くなることがどれだけ無念なことか。

 

 

「亡くなった人間の事を偲びつつも、普段どおりの人生を生きていく事が、その生きている人たちの優しさだとも思います」

 

相手方の親族のこの言葉が、あの時僕にはとても胸に沁みた。

それからあっと言う間に1ヶ月近くが経った。

 

胸に沁みたその言葉を実践するのであれば、また次からは、今まで通り日々の色々な事をここで書いて行こうと思う。きっとまたどこかに一人旅にだって行くし、くだらない話だって書くし、ささいな事で怒ったり笑ったり、酔っ払って下手な失敗もたくさんするんだろう。

 

そして、うまく伝わらないだろうけど、僕は今また泣いています。

 

 

 

 

 

幕間だけの天井桟敷-緑の服を着た女  


今か今かと青筋立てながら家に帰ってはドッタンバッタンのたうちまわって待っていた、先々月のレンピッカ展で購入した作品のレプリカがついに到着!


ただのプリントポスターではなく、高画質デジタルなんたらかんたらとかいう技術で複製しているらしい。確かに絵はがきやポスターと比べると色付きがとても鮮やか。さすがは高画質デジタルなんたらかんたら、何度見ても飽きません。


それにしても、どかんとその場の勢いで買っただけに、まだ飾る場所を考えてない・・・。色彩やコントラストが強いだけに、お部屋との調和がむずかしいような。


いやー、しかし単純にめちゃくちゃ嬉しい!


あまりの感激ゆえ全くオチのないただの報告記事を書いてしまったこんな僕をどうか赦して。


幕間だけの天井桟敷-summer nightmare garden  



8月18日 水曜


程よい時間で仕事を終え、友人に誘われ街のホルモン屋さんへ。

個人的にはホルモン系よりかは赤身の肉派なわたし。


しかしここは名実ともにホルモン屋なだけあって、テッチャン、ミノ、センマイ、コリコリなど次から次へと猛烈な勢いで商品が運ばれてくる。あっと言う間にテーブルはホルモンまみれ。まさにマキシマム・ザ・ホルモン。


友人はつい最近デートという大事なイベントに挑んだのだが、上手く行かず恋破れたとのことでフラれたてほやほや状態。なので、どうもこの日はつらつらと思いの丈を打ち明けながら酒を飲みたかったみたいだ。


しかし、こういう時に話し相手として選んでくれたのは単純に嬉しい。なんてったって、こちとらヘコまない日は無いぐらい筋金入りの傷心のプロ。毎日がスペシャルに凹凸。


ともあれ失恋は程度の差はあれど、誰にとっても辛いもの。人によったら「世界が破滅すればいいのに」と思いはる人もいるぐらい。

でも、僕らも世間ではもう大人、少なくとも僕は失恋の一つや二つで立ち止まってクヨクヨなんかしてる時間は無いのだ。だって未来には何十人もの女の子が俺をフろうと待ち構えてるのだから。


3時間ほど酒を浴びながら、ホルモンと格闘して店を出る。

最終的にはだいぶ気分も復活してくれたみたいで一安心。 


8月21日 土曜


6月までの通院生活から解放されたのち、ダイエットを決意して2ヶ月近く経過。65.4kgというかなり香ばしい体重がなんと60.6kgにダウン。


「家で禁酒」「ノリで買い食いをしない(なるべく)」「脂質と塩分を抑える」を念頭に食生活を改善、硬水を狂ったように飲んで排泄を促進したら知らない間にこうなった。運動も無理の無い程度に、1日約10kmのサイクリングぐらい。


いやぁ、こんだけシェイプアップして痩せたら俺も少しはモテるやろか?


「無理だよ!」


1年ぶりに会った従妹に何の迷いも無く面談即決でこう言われスペシャルに凹む。


8月22日 日曜


所用で滋賀県と岐阜県へ遠征。

途中の山あいで罰ゲームクラスの豪雨に遭ってびしょびしょ。わしゃ宇野鴻一郎かっていうぐらいずぶ濡れ。

それで夏風邪を引いたのか、微熱が発動。


帰宅後、安静にしようと思い、買っていたサマージャンボ宝くじを引っ張り出し、布団にもぐりつつ1枚1枚あれやこれやたくましい妄想をしながら、当選番号を辿っていくことにした。


はずれた。 


ムカつくので晩飯の買い出しのために近所のコンビニへGO。

ごはんを掻き入れ、おとなしく就寝(終身)。


うーむ、、、なんという灰色のウィークエンド。これではいかん。

とはいえ来週は8月最後の週末。気分新たに、とびきりエキサイティングな夏の終わりになりますようにと神頼みでもしときますか!


「無理だよ!」


天からのこんな叱咤激励を聴いてスペシャルに凹みながら、僕はまた月曜日を神々しく迎えるのである。



夏ももう終わりですね。


幕間だけの天井桟敷-潮岬にて

 

幕間だけの天井桟敷-瞬きもせず

 

「人世の総決算 何も謂うこと無し」

「笑って散る」

「私の心は日本晴れ」

 

鹿児島の知覧特攻平和会館に所蔵されている特攻隊員たちの遺書にはこう書かれている。

 

「しっかり生きろ 哲也 立派になれ」

「本当に今までは幸せな人生だったと感謝している」

 

日本航空の安全啓発センターに保管されている1985年の御巣鷹墜落事故の乗客の遺書にはこう書かれている。

 

「この世で一番小さな時計は"まだ生まれない赤ちゃんの心臓"だと思うことがあるのです」とは、今は亡き寺山修司の言葉。

 

たくさんの"小さな時計"や"大きな時計"が、終戦から65年という歳月の中で、悲喜こもごもの時を彩りながら、それぞれの歴史を刻んでいった。

だからこそ生きてきた年月に比例して、時計の重みを強く噛みしめるようになるのは僕だけではないと思う。

 

その歴史の中では、生死の淵から辛うじて助けられた小さな時計もあれば、もう一度生きてみようと誓った大きな時計もあっただろう。

一方で、冒頭で挙げたような、無情にも志半ばで止められた時計、最期まで人の幸せを祈って逝った時計があったことも、決して目を逸らすことはできない時代の証左である。

 

夏の強烈な日差しに相まり、人々の情熱が滾る騒がしい8月。

そしてこの国の歴史に冷たい影を落とすことが多かったのも8月。

 

65回目の終戦記念日を迎え、

平和と安全を祈りながら、刻まれた「時計」の重さを改めて噛みしめる。

 

幕間だけの天井桟敷-ケーキパフェ  


<今日の一言>

↑↑ これどうやって食うねん?


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ストロベリー・オンザ・ショートケーキ、もといショートケーキ・オンザ・パフェ。

これを見た瞬間、自分の目がついにイリュージョン化したと思ってしまった。

クリームたっぷりのパフェの上にケーキが猛々しくランディング、スイーツの神様がとち狂ってクリエイトしたかのような壊滅的バランス。スイーツなのに暴力的。


こういった主力級の食べ物同士をバロムクロスさせる、いわゆる「合体メニュー」は、"一度に二種類おいしい"というグリコ的な破壊力を売りにしたものなんだろう。

実際問題、日本の文化なのか、このような合体メニューをいざ考えて見るとそれはもう枚挙に暇が無いのである。


「焼きそばパン」や「あんドーナツ」なんかは老舗中の老舗だし、ちょっと変わったものだと「もかむす(最中とおむすびの合の子)」や「ぱんじゅう(パンとまんじゅう)」という一風変わったミクスチャーフードもある。


しかしモノには何でも程度や加減というものがあるわけで、そこを脱線してしまうとこんなものが世の中にドロップしはる。


幕間だけの天井桟敷-たこ焼きラーメン


「たこ焼きラーメン」


よく他県の人から「大阪の人ってたこ焼きプレート一家に一台あるんだよね?」「たこ焼きをおかずにごはん食べるんでしょー?」とか言われるたびに、そんなん都市伝説に決まってるちゅうねん!と事あるごとに拒否ってきたのだが、このメニューが存在する以上、ごはんはウソでもラーメンとはバロムクロスすることが証明されてしまう、、、


でも、名前がそんなんだけで、実際は大人の分別をわきまえて、「たこ焼きはたこ焼き」 「ラーメンはラーメン」というように別々に出てくるのだろう、きっとそうだ、そうに違いない、そうであってくれ!と思ってたのだが、


幕間だけの天井桟敷-たこ焼きラーメン


案の定、奇跡は起きなかった。


ていうかなんやねんこれ。ラーメンのスープ吸ったたこ焼きうまいか!?

しかし、世の中広いもので、合体どころか"ZERO"を売りにするものも。


幕間だけの天井桟敷-トマトジュース


「トマトジュース ¥200.-」 …いや、もうやる気がZEROにもほどがある。

飲食店のディスプレイならもう少し美味そうに飾ってほしいところ。ていうか、これでは美味いもへったくれもない、エアトマトジュースだ。


いろいろ書き連ねたが、つまるところ食べ物にはそれぞれの個性や味わいというものがある。合体メニュー自体を否定するわけではないが、全く相容れない食べ物どうしを無理矢理混ぜ合わせたり、テイストの違うものを一緒くたに食してまうのは、やはり無粋というもの。

食文化が成熟した今だからこそ、そういう個々の風味というものを改めて認識していかなければならないのだと思う。


と、夕べのご飯がそばめしシューアイスだった僕はプンスカ怒るのである。


幕間だけの天井桟敷-美しき挑発



7月24日 土曜


諸業務調整のため、早朝から岡山市へ。


本来は平日にやっておくべき事を土曜日にわざわざやらなければいけなくしてしまった自分の不甲斐なさを呪いながら新幹線に乗り込む。

いやこんなトンマな僕でも、マジメにやろうと常日頃から血眼になっていろいろ取り組んでいるのだ。でも、そんなときに限って暴力的な眠気に襲われたり、急にお腹をくだしたり、なんかノラなかったり、とつぜん恋に落ちたりして、結局間に合わないこと毎度毎度。


もうやだこんなユルユル人生。

自分を変えたいどころか、書き換えたい。転職、いや転生したい。「悟りの書」が欲しいわ!まあ「遊び人」だから仕方ないんですが。


お昼ごろに神戸へ移動。

次の用事まで時間があったので念願の「レンピッカ展」を見に兵庫県立美術館へ。 

 
幕間だけの天井桟敷-兵庫県立美術館


5月に宣伝を見てから、ずーっと行きたいと思ってたが、やっと想いが叶いエキサイト。最終日前だったから大混雑かと思いきや、予想よりかは空いていた。


欧州各地の美術館から、個人所蔵のものまで、世界中の至る所から集めてきたラインアップの多彩さに主催者側の凄まじい気迫を感じる。たぶん海外の美術館も含め、僕が今まで行った美術展で、1,2位を争う見応えとボリュームだったと思う。 


作品は当然ながらも、大きく派手なピアスを耳につけて煙草をくゆらす矍鑠としたレンピッカの笑顔の写真がとても印象的だった。それはきっと、亡くなる直前まで絵筆を握り続けた彼女の、波乱万丈ながらも充実した人生を投影した笑顔だったのだろう。


人の顔立ちはその人の人生の履歴書。

僕もさらに努力を重ね、いまの奇跡的なダメコラボレーションの「顔立ち」を少しでも補修していかないといけない。


そんな決意を胸に秘めながら、かなり適当な感じで最後の仕事をFINISH。

夕方から母校である中学校の吹奏楽部の夏祭りコンサート(大阪)に飛び入り出演するため急いでJR三宮駅へ。


しかし、こういう時に限ってタクシーがつかまらない!

いつも寝過ごして終電を逃した時は、嬉々(危機)としてタクシーが大量発生するというのに、、、なんたる薄幸。

やっとこさつかまり、全速で駅まで飛ばしてもらい、忍法「階段2段飛ばしの術」でホームに向かう。 向かうものの、、、常日頃どんな時でもタイミングの悪さでは誰にも負ける気はしないのだが、この日も僕が生まれながらにして背負った宇宙の法則が見事に発動。 

乗るはずだった新快速に乗り遅れてしまい落ち込む。去りゆく新快速を見つめる僕を美人の車掌さんが「プクスッ」と笑ってはった。そんな美しき挑発いらんわ!


まさか交通機関の接続もダメコラボレーションとは。 なんて笑えないマンガ人生。


幕間だけの天井桟敷-夏祭り


そんなこんなで、ようやく会場である母校(小学校)に到着した頃には、すでにコンサートが開始。いやもう情けなさすぎて後輩たちや顧問の先生にとてもじゃないがこんな履歴書は顔向けできない。 なのでとりあえずビールを飲んで全ての記憶をRESET!


小洒落た演奏を聴きながら、アルコールの爆発的な美味さに脳がとろけそうになりながら、ふと周りを見てみる。

祭りの雰囲気と提灯にうっすら輝いた小学校の校舎。

僕が卒業したこの小学校は、往時の姿はほとんど全て留めていない。そこにはアンバランスなまでの新築の校舎が不思議な冷たさを携えて佇んでいた。


思い出というものは、自ら描いた過去の風景をめぐる旅でもある。


その描いた風景が今はもうここには無いということで感じる、一抹の寂しさと、そして「過ぎ去った年月」の重み。


一方で、演奏している中学生たちの姿は、僕らが生きてきた時代の風景の鏡を見ているかのようで、何だか強烈なノスタルジアをそこに感じた。


本当に何も怖くなかったあの時代。

その時その時を生きる事に精一杯を賭けてた時代。


そんな「風景」を見ることで、ちょっとうらやましく思えて、そして少しは昔に戻りたいかなと思う時もある。


だけども、僕は"あの時代"を確かに生きた。



だからこそ、"もう一度"は無理なのだ。

幕間だけの天井桟敷-鬼畜大宴会  


仕事を終えて家に着いたらすぐに冷蔵庫を開け、缶ビールをぐいっと飲む。まずこれを止めようと思った。


なんか、一日の日課みたいになってるのが、どうもよろしくない。

ゴミの日なのにゴミを捨てる事は平気で記憶からトリップするくせに、ビールを飲む事はビタ一日たりとも忘れない。

こんな僕がむしろ純粋発酵されたゴミのように思えてきた。もう、資源ゴミの日には自分自身をゴミ捨て場に投じたくなるほどのNOリサイクルな情けなさである。


確かにビールを飲むと美味い。しばしば常軌を逸した幸福感に襲われる。

のどが渇きまくってる夏の暑い日なんか、あまりの美味しさに頭のヒューズがはじけ飛び、知らない間に次の日の朝を迎えてるぐらいだ。


それでも、「美味いから飲む」「今日は嫌なこともあったし、ちょっとだけいいだろうMr.Myself?」というヤワい心持ちではいけないのだ。


欲望を忠実に遂行していたらいつかは自制の利かないダメ人間になってしまう(手遅れかもしれないが)。 それでは動物と一緒だ。

ストイックな縛りをつくって「ビールを飲みたい嗚呼飲みたい」という荒くれ野郎な自分をコントロールすることで、人はまた一歩大人の階段を上って行くのである。


しかし、そこはいまだに平気でケンタッキーやマクドなどをメインディッシュにできるお子ちゃま珍走中の私。「ビール」という一つの娯楽を回避するためだけに、無茶な理由をつくって毎夜魂のバトルを繰り広げている。

「この缶ビールの栓を開けなければ美女にモテる」

「今日飲まなければ給料が上がる」

「嫁さん(脳内)のため」

そういうだましだましのインチキな世界である。


ただし、これにも一つ弱点がある。

飲酒を回避するための大義名分のネタが尽きてくるのである。


基本的に家では禁酒なので、体が慣れてくるまでは相当数の無茶な理由が必要なのだ。なので誰か良い燃料あったらぜひ教えていただきたい!


自分は自分で、何かいい大義名分が無いかもう少し考えてみようとは思ってます、ゆっくりビールでも飲みながら。